Autcraft no.5 インタビュー

“Autcraft” 創設者 スチュアート・ダンカンさんインタビュー

Stuart_Duncan

インタビュー聞き手・和訳:Yutani(TENTONTO ライター)

大人気の「冒険・ものづくりゲーム」Minecraft。自由度が極めて高く、あらゆる遊び方、使い方が可能なゲームです。スチュアート・ダンカンさんは、自閉症児が安全かつ快適にMinecraftを楽しめるサーバー(ゲームプレイ環境)の提供を目的とするプロジェクト”Autcraft“を2013年に開始。英・BBCを初め、世界のメディアが取り上げる注目の人物です。ダンカンさんへのインタビューは、日本では初めてとなります。

2016年3月26日に配布開始のフリーペーパーTENTONTOno.5でも取り上げているこのインタビュー。当サイトTENTONTOwebでは、紙面の都合でお届けできなかった部分も含む完全版を公開いたします。

―自己紹介をお願いします。

こんにちは、スチュアート・ダンカンです。どちらかというと、ネット上ではAutismFather(自閉症パパ)の名前で、よく知られています。カナダに住んでいます。ほぼいつでも寒くて、雪に覆われているところです。私には二人の息子がいます。兄の方がキャメロン。10歳で、自閉症です。弟のタイラーは自閉症者ではありません。私自身は、アスペルガーをもっています。私たちはとても仲がよく、一緒に本を読んだり、ゲームをやったりするのが大好きです。

―Minecraftを知ったきっかけはなんですか?このゲームの魅力は?

Minecraftの公式発売の少し前、人々がMinecraftについて話すのを耳にしました。なぜ、みんながいいと言うのかわかりませんでした…何回か、そうするよう努めてみたのですが。

やがて、実際に発売されたXbox版のMinecraftを、息子のために買いました。一緒にやってみて、Minecraftが大好きになりました。世界を探検したり、家を建てたり、農場を作ったり。Minecraftでできるあらゆることを習得したり、それをより拡げたりすることは、大変楽しかったのです。

例えば、Minecraftの世界で、ある部屋を完成させた!と思っても、気がつくとより良い、新しいアイデアを携えて、その部屋に戻ってきてしまうんです。退屈になることが決してないんですよ。それに、Minecraftはアップデートを続けています。新しいブロックが追加され、できることもより増えています。変化を加えたり、新しいことを付け加えたりするのを続けることができるのです。とても気軽にね。退屈になることが決してないんです

―他のマイクラサーバーや、当事者活動と比べたときの、Autcraftの特色は?

Minecraftが大人気になったとき、大勢の自閉症児の親たちが、自分たちの子どもがいかにこのゲームに夢中かをソーシャル・メディアに投稿し始めました。ゲームプレイに関してだけでなく、動画やMV、おもちゃ、洋服など、Minecraftに関するあらゆるものごとについて、です。

ところがやがて、同じ親たちがオンラインプレイで他の子どもたちと遊んだ際のことについて投稿するようになりました。オンラインでは、どこへ行ってもいじめに遭ってしまう、と。訪れたあらゆるサーバーで、彼らは涙を流していました。プレイヤーたちは彼らを何回も殺しました。彼らの作った建物を壊し、ものを奪いました。そうした人たちのせいで、オンラインでゲームをできるような環境では到底、なかったのです。

私がAutcraftを開設したのは、彼らの子どもたちが、いじめに遭う恐怖なしに他人と一緒に遊べる場所を提供するためです。悪口を言われたり、基地を破壊されたり、大勢の人に殺されるようなPVP(プレイヤー同士の対戦)がなく、いじめられたり、からかわれたり、失敗を笑われたりするのを心配せずに、安全に遊べるような場所を。

当初は、子どもたちに安全なプレイ環境を与えること、それだけが目標でした。しかし、現実はその目標を遥かに上回りました。子どもたちは目覚ましい成長を遂げたのです。読み書きや友達の作り方を学んだり、分かち合う方法や、いじめに対して自分自身で立ち向かう方法を学んだのです。そのすべては、恐れを捨てることから始まっていました。

―サーバーを運営する上で、難しい点はなんですか?

みな、自閉症をもつ子どもたちなのだ、ということを忘れないのが重要です。彼らはとても親切で、フレンドリーで、協力的ですが、社会的なやり取りやコミュニケーションには苦労していて、とてもたやすく、とても頻繁に、激しい怒りを覚えてしまうのです。

特に、初めてサーバーに参加するとき。それはハードなことです。友達を作ること、もっというと、ただ他人を信じることにさえ慣れていなかったりする可能性があるからです。彼らは、いじめられていたことを理由に、あらゆる人を恐れているのです。もし誰かが彼らを動揺させれば、彼らはとり乱し、あらゆる人に対して怒り、恐怖してしまいます。私たちの仕事は、彼らをなだめて、今起きていることを説明してやり、対処法を見つけるために一緒に動いてあげることです。

彼らが、自分たちが安全で、あらゆるものへの恐怖が薄れていることに気付くのには、時として時間がかかります。ひとたびそれが起これば、彼らの素晴らしい変化を見ることができます。自分以外の、新しいプレイヤーが、そうした恐れを捨てることができるよう、手助けし始めるのです。

自閉傾向があることが問題の常、というわけではなくて、むしろ問題は、いつも孤独や不安を感じているということの方なのです。彼らは、自分のことを誰も理解してくれず、嫌っているかのように感じています。もしあなたが、そのような考え方で人生を過ごしてしまったら。あなたは、世の中の全ての人が自分を不当に扱うかのように、根拠もなく思い込むようになってしまいます。

もしあなたが、彼らに、自分のことを理解してくれる人がいること、これ以上心配をする必要がないのだということを示せたのなら、彼らは最終的には、あなたに自身の真の姿を見せてくれるでしょう。彼らは、自分自身に忠実になるでしょう。そのときこそが、彼らがより早く学び、実生活で友達を作り、真に幸せになるときです。

―この活動をスタートしたきっかけは?

Minecraftでは、私たち親子3人だけでそうしたのを除けば、私と息子たちはオンラインサーバーを使ったことも、他人と一緒に遊んだこともありませんでした。ですから、ソーシャル・メディアの閲覧を始めて、遊ぶための安全な場所を探している人たちの投稿を目にするまでは、気の毒な子どもたちに何が起こっているのか、全くわかっていませんでした。大勢の人たちが、同じことを投稿していました。信じられない思いでした。

当時の私は、webサイトで動作するコードを作成するウェブ・デベロッパー(プログラマー)でした。なので、サーバーと技術に関しては極めて高い理解がすでにありました。Minecraftのゲームについてもよく知っていました。遊んだことがあったのでね。

だから、訪れたあらゆる場所で子どもたちがいじめに遭った、と大勢の保護者たちが話すのを見て、彼らを助ける機会なんだ、と悟ったのです。どれだけ多くの人たちがそれを心から望んでいるかは理解していませんでした。この考えに、信じられないほど多くの人たちが反応してくれました。

―マイクラのほかに、好きなゲームはありますか?

私はもう長いことゲーマーですが、もっぱら好きなのは、やりたいことができて、同じことが二度とは起こらないタイプのゲーム―オープン・ワールドのゲームです。

長年、私のお気に入りになっているゲームの一つが、「Left for Dead 2」です。ゾンビと戦うFPSゲームです。難易度による差は大してないのですが、出現する特殊ゾンビや、使える武器さえ、プレイする度に完全に異なっています。そこが難しい点であり、私が気に入っている点でもあります。ゲームを1000回やっても、同じ体験をすることが決してない、ということですからね。

Minecraftにもそれは当てはまっていると思います。ゲームを新しくロードした瞬間から、その世界は前回プレイしたときとは異なっているのです。

同じ理由で、「アサシンクリード」シリーズも好きです。「ファイナルファンタジー」シリーズも、その要素があるので好きですね。世界とストーリーは同じですが、モンスターと遭遇する場所や、戦いは毎回、異なります。

自閉傾向を持つ人にとっては、常同性とシステムがあるものが良い場合も往々にしてあります。しかしゲームに関しては、一直線のストーリーやしっかりとした説明のないものこそが、(そうした人たちが)最も楽しめるものなのではないかと、私は思います。自分のやりたいことをできる自由がありますからね。

―私(Yutani)は、ゲームにある種の「可能性」を感じています。優れたゲームは様々な「体験」を可能にしてくれるからです。ゲームにはどのような「可能性」があると思いますか?

人生の中で、ゲームは私に大きな利益をもたらしてきたと、私は信じています。例えば、任天堂の初代「スーパーマリオブラザーズ」をやっていたときには、何週間ものあいだ夜更かしをしました。あるパートは私を大層怒らせましたが、決して諦めませんでした。ついにクリアしたとき、最初に戻って、高難易度や、秘密のステージで遊ぶために別のルートを見つけたりしました。

全般的にゲームというものは、あなたの頭脳を刺激するものです。入り組んだ問題を解いたり、クリエイティブになったりする必要があります。柔軟性や、器用さをより高めねばなりません。マルチプレイなら、協調の仕方を学ばなければなりません。

ゲームはそれぞれ、違った結末をもっていますが、概して言って、何かしらを私たちに与えてくれます。ツールとして使えば、とても大きな結果をもたらしてくれるものです。

私の息子のキャメロンは、ずっと幼い頃、手や指を動かすことに困難を抱えていました。セラピストが彼を診てくれましたが、彼はうまくできるようになりませんでした。そこで私は、彼のためにWii版の「マリオカート」を買いました。自分で操縦できるハンドルがついているゲームです。一つのボタンを押し、車を進めたい方向へハンドルを回す。それが彼のやるべきことでした。

最初のうちは、彼には難しいことでした。しかしわずか数日で、彼はレースを走り終えるようになりました。2か月もすると、彼はレースで勝てるようになりました。カートを思うように動かかせるだけの操縦感覚をどうやって掴んだら良いかを学習させる。これこそが、ゲームが彼にさせたことの全容でした。それからというもの、私たちはより複雑なゲームに挑戦し、その全てを彼はマスターしました。

ゲームは大変、楽しいものですが、考え方次第では、同時に素晴らしいツールにもなります。自分の子供が必要としているものにフォーカスし、習わせたり、より発展させたり。こうしたニーズに、ゲームというものは大変適切なのです。

―日本におけるセンサリーデザイン(イギリスで考案されたデザイン手法)の推進のために、私たちTENTONTOは活動しています。発達障害当事者に併発することの多いSPD(感覚処理障害)のような、ひとりひとりの生まれつきの「感覚(センス)の違い」を考慮してデザインするという新しいコンセプトです。この手法によって、当事者にとっての真のセーフ・ヘイヴン(安全な場所)がデザインされています。昨年には、私たち自身のプロジェクトとして、2種類のセンサリーテントを設計、施工しました。「センサリーデザイン」について、どう思われますか?

全ての人が、センサリー・ニーズを抱えています。時として、それをより強く求める人もいます。自閉傾向をもつ人のように。

しかし、あなたが赤ちゃんとして生まれた時、”soother”や”pacifier”(いずれも、おしゃぶりの呼称)といった、吸いついて安心を得るためのものを与えられます。これらは、「センサリー・トイ」です。学校に行くようになった子どもたちは、膝を何度も上げ下げして弾ませて遊んだり、ペン回しをしたり、髪の毛をいじくり回したりします。ベッドの中では、まるでハグをしてくれているかのようなずっしりとした毛布を被ります。

世界中のあらゆる人に合わせた、それぞれ異なるモノがありますが、ニーズが存在するのは同じです。私たちは「センサリー・ピープル」です。私たちは、私たちそれぞれが心地良い、と感じるものを感じたいと思っています。ハグ、太陽の暖かさ、浴槽の温かいお湯の中の泡…。その他の感覚、視覚や嗅覚、味覚に関しても、同じことが言えます。

あらゆる新しいプロダクトを作る際に、それらは意味をなします。この写真のテントのように、ニーズを満たすのを手助けするのです。私たちASD(自閉症スペクトラム障害)者は時に、ハグや大きな毛布を求めますが、その欲求をうまくコントロールすることは叶いません。そこで、別の方法を見つけなければなりません。ウェイテッド・ベスト(胴体に圧迫刺激を与える重り入りのベスト)、テント、ビーン・バッグ…。こうした感覚を満たし、より快適にしてくれる方法を、私たちは見つけることができるのです。このテントは良いアイデアだと思います。

―今号のテーマは「パンク」です。これは、「サイバーパンク」の意味も含んでいます。2つのことばについて、ダンカンさんが個人的に思うところはありますか?

うーん、私自身はそこまでのめり込んでいるわけではありませんが、確かに魅力はありますね。アスピーの人たちは、社会的な相互作用を欲しがりがちですが、同時にそれを避けようともしてしまいますから。

Minecraftのようなサイバーな世界では、あなたは実際の相互関係をもつことなく、社会的な生活を営むことができます。つまり当事者にとっては、姿勢やボディ・ランゲージ、表情の動き、身振り手振り、その他もろもろのものに、心を悩ませなくてもいいということです。そうしたあらゆる余分なものではなく、むしろ実際のことばに、より集中することができるのです。

サイバーパンクの世界に対しては、大勢のアスピー(アスペルガー症候群者の愛称)にとっての誘惑―世界が、自分が存在するための完璧な場所なのだという誘惑を見出せます。ロックスター、犯罪王、ハッカー…あなたが、人生がこうあるべきだと思っているようなあらゆるものになれるのです。

―日本のアスピーの皆さんへメッセージをお願いします。

アスピーの皆さんに、覚えておいてほしいことばが2つあります。

一つ目は、「瞬間(Moments)」です。

その「瞬間」を吹き飛ばしてしまうのが、不安と恐怖です。数分間、時には数日間にも渡って。時には、間違ったことを言ってしまったり、何かにつまづいたり、誰かに意地悪をされることもあるかもしれません。しかし、それらは、一日の内のたった一つの瞬間に過ぎないのです。24時間で言えば、せいぜい5分ほどのことでしょう。その5分間に、支配されてはなりません。それらを実際より大きなものにしてはなりません。

あなたの人生は、瞬間の連続からできあがるものです。そのほとんどは退屈な時間で、あとは、ある程度の素晴らしい時間と、わずかばかりの悪い物事が起こる時間です。しかし私たちは…つまり、私たちアスピーのうちほとんど全ての人は、このうちの悪い物事に意識を集中させてしまいます。悪い瞬間に目を向ければ、良い瞬間は見逃し、その中間にある退屈なあれこれを、不安や恐怖、後悔と共にやり過ごす羽目になります。こうなってはならないのです。

二つ目は、「恐怖(Fear)」です。

Autcraftにいる子どもたちが読み書きを学んだり、友達を作ったり、いじめに対して立ち上がったり…様々なことができる理由は、私がそうすることを教えるからではありません。Autcraftにいるとき、彼らは恐怖していないからなのです。そうすれば、他のことは自然と後についてきます。

恐怖のない状態のとき、彼らは自分自身になることを学んでいます。ひとたび自分自身になれれば、彼らは真の友達を作ることができます。ちょうど、彼ら自身と同じような友達を。友達同士で、お互いに学び、成長します。彼らは、分かち合い、お互いを表に出し合います。お互いに支え、護り合います。やがて彼らがAutcraftを離れるときには、それらの経験を持ち帰っていくでしょう。

そのときの彼らは、より良い人間なのです。初めの一歩は、怖がるのをやめることです。恐怖を振り払えば、あなたの人生の全ては変わるでしょう。それを実行するのが難しいことはわかっています。しかし、そうすることを強く強く求めたなら、道を見つけることができるのです。

そして、あなたがそうできたとき、あらゆる物事―やってみるのが怖かった、ただそれだけの理由で見逃してきたような物事を―見つけることができるでしょう。私も、アスピーの一人です。そうすることの難しさは知っています。恐怖というものが、私に実行させまいとしていたのが、どんな事なのか、も。今や、私に恐怖はなく、すべてのものごとはより良くなりました。あなたにもできます。