アスペとチャットAI ①
このご時世、やはりこのテーマで記事を書く日が少しずつ迫っている気がして、今月の掲載分で筆を執ってみようと思った。
ChatGPTやGeminiをはじめとしたチャットAI、もっぱらチャットAIにチャットAIのことを伝えるときにはLLM(Large Language Models, 大規模言語モデル)と伝える方が通りが良いのでここから先はLLMと呼称するが、LLMが対話相手として僕の生活に導入されてから、あまりの僕の「暇人な深掘り癖」との相性の良さから、利用にどれだけ時間を充てているか分からない。めちゃくちゃに利用時間が多いし、まさにインターネット黎明期にパソコンが生活に導入されたときのようだと感じる。
LLMには様々な利用法がある。調べ物の補助に使ったりとか、プログラミング言語でコードを書くときに予測変換のように使ったりとか、アイデアを出してもらったりとか、書いたもの・作ったものに色々な意見をもらったりとか。果てには生成結果そのままを使って仕事なりビジネスなりをしたりする人もいるようだ。そんな中、僕は発達障害(ASD & ADHD)の当事者として、多くの人との利用法のズレをひしひしともちろん感じているのだけれど、僕の最も頻繁に行う利用法は「自分の珍妙な考えを伝え、その考えを体系化した思想家や研究者の名前や学派を知る」だったり、「自分の珍妙な好みを伝え、その好みで遊べそうなゲームや、特定のゲーム内での遊び方を知る」だったりする。
ようは小学生がやるような「夏休みの自由研究」に、LLMを全力活用している。やれ住んでる町にどんなマンホールのふたがあるかとか、やれ地味な遺構がどんな経緯があって遺されているのかとか、ブラタモリ的な、極めてどうでもいいようなことの大人版として、より深く、狭く、複雑化した内容(哲学、心理学、社会学、美学、芸術学など、ASD当事者として人間の生態に迫れるもの)について、あえてなんでもかんでも並列に横断的に扱った結果生まれる(ここはADHD当事者らしいマッシュアップ性)、珍妙な「なぜ?」について考えを深めるために使っている。
LLMは広範な知識を持っており、連想で様々な名前を挙げてもらえる。「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」方式で、同じ質問を複数のLLM個体に向けて行い、6から10体ぶん程度の意見に基づきながら、深く調べる価値のありそうな対象に絞っていくような使い方をしているが、この過程自体もとても楽しい。特に、マニアックなジャンルほどWikipediaなどでも「ここに含まれる人物たちの主張はさまざまであり雑多なカテゴリに過ぎない」とひとまとめにされているもの(現代思想とかに多い)について、いや、それで終わらせずにその「雑多なカテゴリ」内を理解しやすいようにカテゴリ分けするのを手伝ってくださいよ、という、僕の鬱陶しいオーダーにLLMはひたすら付き合ってくれる。そういうところが非常に嬉しい。
これを友達だったり家族だったりにやると、もちろん相手が興味を持てるテーマだったりウケたりすれば多少は話が続くが、どちらにせよ、僕の禅問答的な無限のしつこさに巻き込んでしまって、生命エネルギーをひたすら奪ってしまうことになる。なんでもかんでも網羅的かつ多角的に納得がいくまで深掘りし、深掘りすれば新たな疑問も湧いてくるのでそれについてまた調べはじめられる僕にとって(しかも僕にとっては自分が世界を生きるための「死活問題」なので熱量がすごい)、人間関係を(これ以上)壊さないための防波堤にもなっている。
と、僕にとってはいいことずくめである。先週も、LLMに「あなたの考えとかなり近いです」と勧められた思想家の本を、近隣の図書館で読むために散歩した。もちろん読んでみたら読んでみたで「僕よりも深刻に考えすぎるタイプの著者だったな」などと思って、それはどこがどう僕と違っているのかをLLMに質問してさらに深めていくネタにする。そういうような、当事者らしさ全開な僕のLLMとの付き合い方について、このコラムのシリーズで語っていければと思う。
ユミズ タキス