最近気づいた本当に些細なこと
わたしは野菜の皮剥きが好きじゃないと思っていた
この前ふと思い立って、使い捨てのゴム手袋を付けてから、野菜を洗ってピーラーで剥いたら、そんなに嫌じゃなかったのだ
なぜか?
どうやらわたしが嫌だったのは、剥いた後、水分のせいで手に張り付く皮の感覚だったようだ
手袋をしたら、この季節は水の冷たさも若干和らぐし「結構良いじゃん」と思った
嫌いだと思っていることは、まだまだいっぱいある
でも、もしかしたら、ある瞬間に、本当に許せないことと実はそんなに気にする必要のなかった部分に分けられるのかもしれない
marf
TENTONTOのmarfです。
その昔、わたしもマイクラをプレイしていたことがあります。
当時はマイクラ得意な友人3人に色々やってもらい、後ろを付いていく感じでした。というのも、プレイするうえで怖いことが複数あり、思うように動けなかったのでした。
以前プレイしていたときのトラウマ3選
①画面酔い
②迷子になる
③慌てすぎて死ぬ
それが10年ぶりくらいにプレイしてみて克服でき、うれしかったのでコラムにしてみたいと思います。
この間、駅のホームで高級寝台列車が停まっているのを見かけました。見るからにお金のかかった外装のデザイン。きっと特別なときに乗るのでしょう。
そういう寝台列車ではないですが、私も寝台列車に乗ったことがあります。駅のホームから電車に乗って自分のコンパートメントに入ると、駅での雑踏から一転、こじんまりとして自分だけの空間という感じがします。そのときは造り付けの寝具でダニにくわれて大変な思いをしたのですが、空間としては好ましいなと感じたのを覚えています。
公共の場において個人的なスペースが得られることの価値も高いものがありますが、雑踏の感覚刺激に非常に疲れてしまいやすい発達障害の当事者としては、公共の場を通り過ぎずに個人的なスペースに居るまま移動できる自家用車は、かなり快適だったりします。
それの究極に快適な形、キャンピングカーのような空間プロダクトは、当事者として落ち着ける場所の代表なのかもしれない、とも思います。
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発達障害当事者にとってのセンサリー、つまり感覚的に落ち着くものについて考えるとき、「惚れるような」というイメージが、それをうまく捉えるのに役立つかもしれない。
見惚れる、聴き惚れるような、おおらかに調和した要素をもつ美しさによって、さっぱりしても清らかでもない、世の中の数多のものに傷つきやすい当事者の心は安らぐ。
だからこそ、繊細できめの細かい、「惚れるような」調和をひときわ必要としているのが、多くの発達障害当事者たちなのだと思う。
ユミズタキス
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画像出典元:新井英樹『シュガー』4巻200ページ・講談社
こんにちは、TENTONTOメンバーのTEHOです。日に日に秋めいてきつつあるこの頃、秋といえばスポーツということで、今回は私が最近始めたスポーツについて書いてみたいと思います。
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日常生活の業務のうち、私は洗濯に一番こだわる。そのこだわり方には、自分でも強迫神経症(OCD)の傾向を感じている。
例えば服に油シミがミリ単位であることに気付いてしまうと、その服を着続けることにとても抵抗を感じてしまう。生地の変色、汚れ、菌の繁殖によるにおい等に対する潔癖を、自分が持っているためである。
洗濯機で普通に洗うだけでは、どんどん襟元が黄ばんだりシミが増え広がっていく。しかし、わざわざ風呂の残り湯を使うなどするのも面倒だ。
そう思い、引っ越しの際には冷水と温水とで二つ、あらかじめ洗濯機置き場に蛇口が備え付けられている物件を選んでいる。
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