美しいものをみて満たされる幸せ

taisho-johgi
写真や絵を観るとき、何を基準として美しさを感じているでしょうか。

私は、美しいものには或る程度ルールがあると思います。たとえばデザインの技法には、美しくみせるための構図や配色、比率などがあります。普遍的なルールに加えて、それぞれが持つ感覚の違いによって、美しいもののルールも個人個人で多様なものが存在するのではないでしょうか。

例えば私の場合、自閉的感覚のうち視覚が敏感なので、全体像より細部に注目しやすい傾向があります。もしかしたら視覚の感覚の違いが、私の美意識に影響を与えているかもしれません。例として、私が美しいと感じるものを挙げてみました。

・図鑑に載っている動植物や鉱物を詳細に記録した博物画
・建築物や車などの設計図面(特に断面図)
・曼荼羅
・モスクの六角形が連続した模様
・雪の結晶の顕微鏡写真
・蜘蛛の巣

これらは、細部が省略されたり、曖昧にされず、ひとつの画面に「すべて」があります。私は、ひとつの画面に「すべて」がある、ということに特に感動します。私がこれらを見るときは、細部に自分の目を潜り込ませて迷路のように探検し、描かれたものの仕組みを体験して楽しみます。自分がどの部分を見ているのか、画面上で確認できるところも好ましく感じます。

美しいと思うことによって、欲しいもの、目指すもの、大切にしたいものが心のなかに浮かび上がってきます。美しいもののルールがある人とずれていたら、その分だけその人とは違う生き方をするのかもしれません。でもそのことが、悲しいこととは私は思いません。私の心が「きめ細やかなすべて」という美しさで満たされる幸せと、他者と共感できる幸せとは別のもので、それぞれに価値があると思うからです。

 
文・イラスト marf