地球への反抗、ちっぽけな抗いの巻

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私はほとんどの事柄、物、人に興味、好奇心が薄い。

私は音楽がとても好きだ。興味があるかはまた別の話になってしまうが兎にも角にも好きだ。クラシックやロック、ジャズなど様々なジャンルを聴くのだが、主に海外のインディーズをよく聴く。ジャンルで言えばポストロックやマスロック、エモにあたる音楽だ。非常にイカしており私はハマった曲をリピート再生する。飽きるまで聴くことをやめられないのだ。イントロからサビまでの間が気に入ればその区間だけ繰り返し止めて巻き戻してという動作をしたりして快楽を得る。

私はおそらく偏食家である。まず朝の初めに1日の食事のタイムスケジュールを組む。決めたものから逸れてしまうことがあればストレスとなり過食に陥ったりもする。去年7月からはスニッカーズを1日1本〜4本食べ続けている。12月からはきのこを毎朝茹でるようになった。そこに1月温野菜が加わった。さらに3月からはチーズケーキを1個か2個食べるようになった。チーズケーキは豆乳のカップチーノと飲んだりするともうそれは至福、至福としか言いようがない。

その他に繰り返す行動として同じ小説家の本を一気に読み続けたりなどの行動もあげられる。この繰り返し衝動に共通してやってくる果てが俗に言う”飽き”である。いつからか繰り返しているうちに最初は欲で動いていたはずだった行動が義務へと移り変わっていく。義務へと移行したのち、飽きはチラつきを見せる。しかし繰り返し行動というのは欲による快楽とはまた別の快楽を与えるのだ。義務の上に存在をアピールする飽きが、吐き気に繋がったとき、私は初めてその行動から脱することができる。

おそらくこの繰り返し行動の背景にあるのは私の興味の薄さや物事への関心度の低さだ。私は自ら行動を起こし感情を暗示にかけ、地球上での人間の存在の無意味さに抗っているのかもしれない。

 

わ田かまり

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わ田かまり
人間は容器であるという考えのもと日々の生活を送っている。
もちろん私も凡庸な容器である。
しかしながらこの容器は僭越ながら飲み食いをしたり排泄もする。
最近の朝ごはんは茹できのこに温野菜、昼ごはんはスニッカーズ、
夜ご飯はチーズケーキである。このラインナップで2か月ほど経過した。
スニッカーズは2015年7月より毎日摂取、繰り返し行動に快感を覚える容器だ。