パナソニック 「センサリールーム」で親子のコミュニケーションを助ける

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画像出典元:URAGAWA-Knowledge https://note.com/uragawa_note/

センサリーデザイン最前線 第67回

ライターの青いロクです。パナソニックは、親子向けのセンサリールームでコミュニケーションをしやすい環境を作ることを提案し、また、事業化を目指しています。この記事では、自閉症スペクトラム児向けに日本でも設置が進む、競技場の観戦室としてのセンサリールームなどとも比較しつつ紹介したいと思います。


総合電機メーカー パナソニックの社内カンパニー エレクトリックワークス社は、5月16日 公式noteに、センサリールームのプロジェクトの紹介と、社員たちのインタビューを公開しました。
技術が日本の子育て世代のお母さんを救う~パナソニックの新事業になるか?センサリールームの挑戦~|URAGAWA-Knowledge

ボリュームのある記事ですが、Tentontoで紹介する上での要点を整理します。

パナソニックは、親子向けのセンサリールームを提案していく。ここでいうセンサリールームは、乳幼児の感覚を刺激するアイテムが用意された部屋だが、大人にとっても心地よい空間である。その中では、心が穏やかになり、コミュニケーションがより自然に取れるらしい。近年ヨーロッパでは、親子のセラピー施設や保育園にも普及してきている。

提案を進める社員たちは、技術や事業を子育て世代の役に立てたいという思いがある。その方法として、渡邉 健太氏は、パナソニックの照明技術を利用したセンサリールームをプロデュースする事業アイディアを、社内のビジネスコンテストに提案した。

『光が人に与える効果を目に見える形で表すのは難しいのですが、必ず価値があると信じています。このため、光の価値に気が付く人や、癒やしや教育に積極的に活用する人を増やしていきたい』(渡邉氏)
日本で馴染みの薄い(セラピーのための)センサリールームを、照明技術に強みのあるパナソニックが主導して普及させれば、照明を配慮したセンサリールームの価値が広く認知され、(癒しや教育のための)新たな照明のニーズにも繋がるはずと考える。

センサリールームの実証実験では、好意的な反響が得られた。
「子供と遊べるだけでなく、癒される空間と体験はここでしか得られない」
「凄くリラックスできるので、何度でも体験したい。家の近所のエステにいく感覚で通えるセンサリールームが欲しい」

三浦 美賀子氏は、このセンサリールームをより生かすためには、空間を作るだけでなく、オペレーションする人や寄り添う人、話を聞く姿勢といったものが必要と説明する。そうして質をより高めることが、パートナーを探すうえでも重要と考える。

プロジェクトは、関西や関東の近郊、ゆくゆくは日本全国で、センサリールームの価値に共感してくれるパートナーを探していく。

1.セラピーのためのセンサリールーム

パナソニックのセンサリールームには、

  • 表面が優しく発光するような光ファイバーの束(サイドグロー)
  • 円柱の中をあぶくが次々を浮かんでいき、それを照らすもの(バブルタワー)
  • 体を優しく包む、ビーズクッション
  • テントやカーテンで囲われた面の照明演出

といったものが含まれます。そして、音響も含めた演出を伴い、時間を決めたセッションを行います。この種類のセンサリールームは、本記事で紹介する他の例より以前からあるものですが、セラピーのためのセンサリールームと仮に分類します。

画像出典元:URAGAWA-Knowledge https://note.com/uragawa_note/

この空間で行われるセッションは、スヌーズレン(snoezelen)と呼ばれるものに近いと思われます。スヌーズレンとは、1970年代のオランダから始まった(知的障害を伴う場合もある)発達障害児者などを対象にしたリラクゼーション活動です。スヌーズレンを行うために必要な環境を、(マルチ)センサリールームなどと呼びます。( Sensory room|Wikipedia(英語) )
スヌーズレンを一般の親子向けに活用する例もあるようです。パナソニックのセンサリールームは、障害児とその親に限定したものではありません。

セラピーのためのセンサリールームを、後で述べる他の種類のものと比較した特徴は、下記のようになります。

  • 介助者を伴ったセッションを行うこと
  • センサリールームの使用自体がその場に訪れる目的となりうること

2.競技場のセンサリールーム 感覚過敏に配慮した観戦室

「センサリールーム」という単語を、2022年時点 日本語で検索すると、サッカースタジアムに仮設・常設される、感覚過敏に配慮した観戦室であるセンサリールームについての情報が比較的多く見かけられます。この例は競技場のセンサリールームと仮に呼びます。

ノエビアスタジアム神戸の設置例 提供:PR TIMES https://prtimes.jp/

FIFA等によれば、競技場に設置されたセンサリールームで最初のものは、2015年 英国イングランド、タインアンドウィア州サンダーランドにあるスタジアム・オブ・ライトの例であり、自閉症児の親の働きかけをきっかけとして、学校やサッカークラブとも協議を重ねたうえ完成したものでした。現在は英国内16のスポーツスタジアムに、同様の施設があるようです(2-1)。
日本では、2019年に川崎市 等々力陸上競技場にセンサリールームが仮設されました。(2-2) その後、2021年にはノエビアスタジアム神戸に、国内で初めてセンサリールームが常設されました(2-3)。

競技場のセンサリールームでは、防音に配慮した観戦室に付随して、カームダウンルームなどと呼ぶ休憩場所が設置されます。今回紹介するセラピーのためのセンサリールームと外見が似ていますが、主に 観戦に伴う当事者にとって不快な刺激に耐えられない場合に使うものであり、役割が異なります。
概して、競技場のセンサリールームは、スポーツ観戦という目的を助けるものであり、カームダウンルームとしての利用よりも、観戦室の方がより重要な位置づけです。

参考サイト・参考記事


3.空港やイベント会場での休憩場所としてのセンサリールーム

空港やイベント会場に設置されている「センサリールーム」もあります。設置場所によって広さや設備は様々で、「クワイエット・ルーム(静かな部屋)」、「カーム・スペース(穏やかな空間)」など呼ばれる場合もあります。しかしそのいずれも、感覚に配慮した休憩場所です。休憩場所としてのセンサリールームと仮に呼びます。

英国 ロンドン・ガトウィック空港は2018年、英国で初めてセンサリールームを設置したと自らのサイトに記載しています。予約が必要で、30分のセッションを行う「センサリールーム」と、予約が不要な「スペシャルアシスタンス」の2施設があり、スペシャルアシスタンスは乗客がフライト前にリラックスできる静かで落ち着いた環境を提供することが目的です(3-1)。
日本国内では、2017年 成田空港に、「クールダウン・カームダウンのための設備」として、眩しさや目に入る刺激を遮る簡易的な小部屋が設置されました(3-2)。

ガトウィック空港のように、セッションを行うものもあるようですが、基本的には飛行機に搭乗する前、あるいは後に、気持ちを落ち着かせるのが目的と思われます。介助者の役割については、先述のセラピーのためのものとは異なっているようです。

大規模イベントに設置される、休憩場所としてのセンサリールームとして、ドバイ万博の例を紹介します。2021年10月から2022年3月まで開催されたドバイ万博は「センサリー・アクセシブル・イベント」に認定されたことを公表し、その取り組みのひとつとして、「クワイエット・ルーム」を4か所に設置しました。(3-3)

ドバイ万博の「クワイエット・ルーム」

参考サイト・参考記事

4.癒しの照明のニーズの例:クワイエットアワー

ところで、今回のプロジェクトの意図として、照明を配慮したセンサリールームが認知されることで、癒しや教育のための新たな照明のニーズにつなげたいとのことでしたが、私なりにニーズの例が思い起こされました。

店舗や商業施設で実施される「クワイエットアワー」という取り組みがあります。感覚が過敏な人たちのために、音や眩しさを抑えた時間帯を設定する取り組みがあります。この取り組みに、照明の制御技術が活用できそうと思いました。

国外では、世界的な小売業者であるTescoや、英国二位のスーパーマーケットチェーンであるASDAといった大手が、クワイエットアワーを定期的に実施しています(4-1)。
日本では、2019年 全国チェーンのドラッグストアであるツルハドラッグが、一部店舗にてクワイエットアワーを試験的に毎週実施するというニュースがありました(4-2)。

イオンスタイル新百合ヶ丘の実施例 筆者撮影
※この写真は比較的 明暗の差が少ない場面を写したものです

イオンスタイル新百合ヶ丘で、クワイエットアワーが試験的に実施された際に取材しましたが、演出用に照明を回路分けしているため、均等な照明の間引きができず、暗くはなったものの、明るい場所と行き来するたびに目に負担がかかる環境になってしまいました。これは、該当記事でも紹介するとおり、照明器具をグループ分けして無線で調光できる仕組みが、あらかじめ導入されていれば解決できたかもしれません(4-3)。

(私の感触では)省エネルギーでも有利な無線調光システムは普及しつつあると思うので、無線調光システムを導入済みの店舗や商業施設がクワイエットアワーを実施したいというマッチングが成立すれば、より質を高め、また照明回路切り替えの手間も減らして、クワイエットアワーを実施できるかと思いました。

さらに他には、大阪・関西万博も予定されているので、ドバイ万博と同様に、休憩場所としてのセンサリールーム(クワイエットルーム)が設置できるかもしれないと思いました。

参考サイト・参考記事

センサリールームプロジェクトの成功に期待

パナソニックといえば、2018年に別の社内カンパニー(家電などを手がける 現・くらしアプライアンス社)が企画・デザインした、視覚的ノイズを遮るパーテーションつきノイズキャンセリングヘッドホン「WEAR SPACE」を紹介しました。在宅勤務中は毎日使用しており、そして今、この記事の執筆のようなプライベートの時間でも大変役立っています。( WEAR SPACEを入手!ファストレビュー(1)|Tentonto

今回のプロジェクトは、障害児者・家族向けというわけではありませんが、照明による癒しの効果・配慮の可能性に注目が集まることは、感覚過敏を持つASD・ADHDなどの発達障害者にとってもよいことだと思います。プロジェクトが成功し、事業化につながってほしいです。
 
 
青いロク